・・かつて、多くの画家が描いた、茨城県大洗、神磯の夜明け. 日本三大民謡、磯節にも歌われる

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芸術と歴史のものがたり ―歴史は血、芸術は歌―

 

ふるさとのかたゆながるゝ恋瀬川こひしからずてたれかすぐべき(佐久良東雄/茨城石岡生まれ、幕末の代表的歌人)

 

人生は短く、芸術は長し。

縄文、神話から繋がる日本の歴史の長さも他に類なく、美しくも厳しい、そして豊かな自然と共にあり続ける心のありようは、日本の歴史や文化の根っこともいえるものではないでしょうか。

 

「彼らみずからが花のように自然の中に生きていく。こんなに素朴な日本人たちが我々に教えるものこそ、真の宗教とも言えるのではないか。もっと自然に帰らなければいけない」。「明けの明星がかがやき、それがとても大きく見えた。この光景には、全てが溶け合った大いなる平和と荘厳がある」(ファン・ゴッホ)。

 

「常陸国(ひたちのくに)は日の大神の光を放つ始まりの地」・・。

日出づる日本の東国、常陸(日立ち)は、常世とも高天原とも日高見国とも云われます。

「新治(にいはり)筑波を過ぎて幾夜か寝つる」と詠んだ日本武尊(やまとたけるのみこと)の歌は連歌の起源となり、万葉集で最も多く詠まれた山、筑波山や、記紀神話、東日本で唯一残る風土記神話の里。

筑波山を眺めたら和歌や句を詠むべし、愛すべき山の姿と、芭蕉は鹿島紀行(鹿島詣)に著しました。

 

日本建国の神、武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)をご祭神とし、防人(さきもり)達が祈り、鹿島立ちした鹿島神宮が鎮座し、北畠親房(きたばたけちかふさ)は常陸で神皇正統記(じんのうしょうとうき)を書き、水戸光圀は大日本史編纂など幕末維新に甚大な影響を及ぼし、或いは岡倉天心は常陸にあって、日本芸術の歴史精神の再建を図るなど、常陸は日本の歴史や文化をかんがえる上で欠かせない地と言えます。

 

雪は申さずまずむらさきのつくばかな(嵐雪芭蕉の高弟、雪門の祖)

武士(もののふ)の生死の弐つ打捨てて進む心にしくものはなし(塚原卜伝/鹿島新當流の祖、剣聖)

あらいその岩にくだけて散る月を一つになしてかへる浪かな(水戸光圀/大洗神磯にて)

 

「伝統から切断された人間や、歴史の連続性から切断された国は、文明のそれではありえず、必ず野蛮に退行する」(ブルクハルト/美術史家・歴史哲学者)。

「根」無くして、「花」は咲かず。

現代という時代の忘れ物、いにしえから伝わる叡智が眠るときわの里、常陸・茨城には戦後忘れられたかのような、日本の心が息づいています。

 

「今や、世界の文化の中心は、フランスではなくて、日本だ」と言う、東欧の美学者の言葉にあらわれるものは、単に時代の趨勢ではなく、「バベルの塔」以前の人類の叡智に帰り、新しい文明に向かう事なのかも知れません。

Lux ex oriente ルクス・エクス・オリエンテ)、光は東方から。

 

紫峰・筑波山の東麓、石岡。

縄文の源、東国の常陸国府にして、関東三大祭り、神話から通じる古道東海道終点の地。

当舎は筑波山と鹿島神宮を結んだ線上に位置し、周囲には多くの古墳や遺跡が見られます。

「根」ゆえの普遍、「花」のいのちを守るために、当舎がささやかな力となればうれしくおもいます。

 

〒315-0048 茨城県石岡市三村字吹上3093    

 

 

全てのもののなかに神が潜む
神は鉱物のなかで眠り
植物のなかで夢をみ
動物のなかで目覚め
人間のなかで自らの姿を顕わさんとしている

(シュメールの詩)

 

 

やまと歌は
人の心を種として
よろづの言の葉とぞなれりける
世の中にある人
事業(ことわざ)しげきものなれば
心に思ふことを見るもの聞くものにつけて

言ひだせるなり
花に鳴くうぐひす
水に住むかはづの声を聞けば

生きとし生けるもの
いづれか歌をよまざりける
力をも入れずして天地(あめつち)を動かし
目に見えぬ鬼神(おにがみ)をもあはれと思はせ
男女(をとこをむな)のなかをもやはらげ
猛きもののふの心をもなぐさむるは歌なり

(古今集仮名序)

 

 

歴史は血、芸術は歌・・